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DATE: 2012/12/30(日)   CATEGORY: 日々のこと
奥の院での気づき
比叡山、天川と巡って、どんどん自分が開かれてきていたので、最終地点での高野山で、メッセージを受け取ることができました。
ほんとうはメッセージはいつでも降りて来ていて、というかそこらじゅうに充満しているのだけれど、こちらの普段の状態がノイズ(思考)が多すぎてチューニングが合わないだけで、チューニングさえ合えば、誰でもどこでもメッセージは受け取れます。突然メッセージが来た!というより、こちら側にやっと隙間があいたので、そこから流れ込んできたという感じです。

まずは最初の気づきです。
この世の特徴は「二元性」であるということ。両極があるということ。暑いと寒い、高いと低い、善と悪、正と誤、光と影などなど。これは単に二つの極があるということで、どっちが良くてどっちが悪いというものは、いっさいありません。良い悪いそれさえも二元性の特徴(=遊び・醍醐味)として存在します。
そしてその両極の間をいったり来たりすることが、この世での私たちのやることです。この地球で行ったり来たりをしに来ています。

二元性がある、ふたつあるということは、どちらを選ぶかの選択があるということです。そこで自由意志というものが出てきます。どちらを選ぶかはどちらでもいいのです。自由なのです。二元性があると選択が発生し、すると自由意志も発生します。

自由意志についてもう少し掘り下げます。
ここに「宇宙と調和したモノゴト」と「そうじゃないモノゴト」があります。自由意志とは「そうじゃないモノゴト」を選べる権利ということです。ワンネスのときは、強制的に笑、「宇宙と調和したモノゴト」しか選べなかったから。それしかなかったから。
だから自由意志とは、不調和とはどういう状態か?というのを体験する権利、ともいえると思います。

私たちは地球で、両極の間を行ったり来たりするということをしに来ています。ということは、調和と不調和の間をいったり来たりすることをしにきているのです。ここで調和=良、不調和=悪ではないことに気をつけて下さい。あくまでも違った感覚を味わう、みたいなことでしょうか。違和感を楽しみにきているのです。そしてまた調和に戻って、「やっぱり家がいちばん!」なんて言ってみたりしているのです。

現実の中で生きている私たちには「判断」というものが強烈に染み付いているので、モノゴトに瞬時に良い悪い、善悪のレッテルをくっつけたがりますが、それは単に社会的なもので、本質的には違和感と調和感を楽しんでいるだけです。そして私たちは普通にしていれば自然と調和に行ってしまう生き物です。

がしかし……、普通にしていれば調和していくのだけれど、今の時代、その普通がわからなくなってしまっていることが多いです。普通=自分の自然な状態のことですが、その自分の自然の状態をわかるためのコツとしては、頭ではわかろうとしないことです。「こっちを選べ」「こっちのほうが得するぞ」「宇宙と調和している人はこっちを選ぶはず」等の心の声は、すべて思考(頭)のトリックです。

自分の外側に、どちらか一方に宇宙と調和しているものがあり、もう一方に違うものがあって、それを賢く見抜いて選択していく、ということではありません。選ぶという行為に正誤はありません。選んだときの自分の状態で、宇宙との調和と不調和が決まります。バシャールの、ワクワクするほうを選んでくださいというのは、そういうことです。

そして次の日さらに気づきがありました。
高野山のお坊さんに聞いた月と太陽のお話です。「月は人の心を象徴します。なぜなら満ちたり欠けたりしてつねに形が変わるからです。心もころころ変わるからです。でも太陽はいつでも変わらず同じ形で輝いている、これが私たちの本当の姿です」とおっしゃっていました。月は二元性の象徴ですね。

でもその月さえも、じつは実体のない幻影です。本当は太陽しかありません。二元性とはそもそも、太陽である私(たち)が味わってみたかったから、映像を作り出してみた実体のない影です。「悟る」とは、このことを見切ることだと思います。私たちが日々起こる出来事に一喜一憂すること、それらが実は実体のない月の幻影だということを見切ることが、本来「悟る」と言われていることなんじゃないかと思います。

だから目覚めた人がよく言われるように、「死んでも大丈夫」「はじめから生まれてもいないし死んでもいない」「なんにも起きていない」というのは、すべては月の幻影で、幻影を自分自身だと思っていることからいかに離れられるか、というのが目覚めるということなんだろうと思います。

月(=心)を自分だと思わないということです。月はコロコロ変わります。意中の人から告白されて天にも昇るような気持ちも、自分より出来る人を見て嫉妬する気持ちも、あの人をどうしても許せないと思う気持ちも、仕事が成功して大喜びする気持ちも、すべて本当の自分ではありません。心が勝手に動いているだけです。

でもこれは知りたい人と知りたくない人がいると思います。世の中でこれだけドラマがはやっているということは、やっぱり人は心の作用に酔うことが好きで、シラフになることは特に望んでないかもしれませんね。一部のあまりに心の作用が強烈すぎて、もう酔いから醒めたい!と思った人たちだけが、悟りを求めるのかもしれません。エックハルトトールが、目覚めるのに一番の協力者は「苦しみ」だと言っていたのは、本当にうなずけます。

現実といわれているものは、心の選択で作り出される世界のことです。ということは、現実もそもそも実体のない世界です。だから引き寄せの法則があったり、奇跡とよばれるものがあったり、ありえない大悲劇があったり、変幻自在です。確固としたものなんてひとつもありません。

みつさんは、その心の作用の中でいかに遊ぶかを提唱しているように思います。だってせっかく二元性の世界に来たんだから、二元性を味わい尽くそうよ!映画が自作自演でできるんだからって。

アセンションの時代と言われるけれど、いままでの思考で選択してきた世界から、ハートで選択する世界に移行するということだと思います。それはアトランティスとかレムリアとかいわれていた人たちのやり方で、今だと先住民族の人たちの中にかろうじて残っているやり方です。今後はコミュニケーションでも物質に作用させる方法でも、そういうやり方が主流になってくるってことだと思いました。
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